2012年3月12日月曜日

RIETI - クラウドコンピューティング時代の日本企業の課題と将来展望

クラウドコンピューティングは今後のIT経営のあり方を根本的にかえる可能性のある技術である。技術革新や経済のグローバル化の進展によって、企業経営において正確な情報をベースに的確な判断を迅速に行うことが重要になっている。そのためにITシステムを戦略的に活用して企業の競争力につなげていくことを経営者レベルで考える必要性が高まっている。クラウドコンピューティングに関する技術やサービスはまだ発展途上の段階にある。しかし、多くの企業が、その技術的特性やトレンドを押さえて、経営の高度化にどのように活用していくべきかについて検討を始めている。また、すでにそのサービスを取り入れて成果を上げている企業も存在する。ここでは、クラウドコンピュータに関する技術やサービスの内容につい� ��紹介するとともに、日本企業におけるIT経営という観点から課題と将来展望について述べる。

「クラウドコンピューティング」とは、自前のコンピュータやソフトウェアなどのIT資産を用いるのではなく、インターネットで接続された外部のITシステムを用いることである。コンセントから電気が供給され、また水道の蛇口をひねれば水を使うことができるように、インターネットに接続するとコンピュータサービスが提供されるというものである。クラウドコンピューティングのベンダーであるアマゾンやグーグルなどはインターネットの向こう側に大規模なITシステムを構築している。これは高度な分散情報システムで管理された大量のサーバーで構成されており、比較的安価な情報機器によって大量のコンピュータ需要に対応することができる。このスケーラビリティによって個々のユーザーに対して経済的なコンピュー� �サービスを提供できるわけである。

現在、各種ベンダーによって提供されているサービスは、データ記憶装置などの情報システムのインフラを提供するIAAS(Infrastructure As A Service)、ユーザーにおけるソフトウェアやシステムの開発環境を提供するPAAS(Platform As A Service)、会計ソフトなどのソフトウェアそのものをインターネット上で提供するSAAS(Software As A Service)の3種類に分類することができる。この3種類のサービスと従来型のITシステムの違いについて図示したものが図1である。ITシステムはハードウェア/ネットワーク、その上でソフトウェアを動かすためのOSなどのプラットフォーム及びアプリケーションソフトの階層構造になっているが、そのどこまでをベンダーからのサービスによって受けるかによって異なる。いずれにしても従来型のITシステムが、すべてのレイヤーについて自前で所有するのに対して、クラウドコンピューティングは、それぞれの分野においてより専門性の高いベンダーから供給を受けることによってITに関する費用対効果を上げることが可能となる。


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クラウドコンピューティングを導入することのメリットとしては、スピード、価格、フレキシビリティの3点を挙げることができる。グーグルやアマゾンなどのPAASサービスはクレジットカードがあれば、インターネットでアカウントを作成してすぐに使える環境になる。企業経営をめぐる環境変化が激しくなる中で、新規システムの立ち上げを迅速に行えるかどうかも重要なポイントである。SAASの導入事例として日本郵政グループの顧客情報管理システムがよく知られているが、ここでは、郵便局を郵便や郵便貯金、簡易保険などサービスを総合的に行う拠点として位置づけ、各種事業における顧客情報を一元的に管理するシステムを構築した。その際に、セールスフォースのSAASを利用することによって、システムの立ち上げ期間を� ��本的に短縮できたといわれている。

また、「価格」については、ITシステムを投資ではなく、サービスの提供として受けることができるので、まず初期コストが小さくなるというメリットがある。グーグルのサービスはある程度の容量までであれば、無料であり、アマゾンの料金体系も1時間10セントからとなっている。また、ITシステムを自前でもつと、毎年一定の減価償却費がかかることになるが、クラウドコンピューティングは使った分だけ課金されるシステムなので、変動の大きい業務システムにおいてより経済性が高まる。例えばクリスマスシーズンになると大量の処理が発生するインターネット通販業者においては最適のサービスといえる。

最後に「フレキシビリティ」であるが、これは事業の拡大や縮小に対してITシステムの規模を自由に変更できることを示す。米国において動画や写真を共有するサイトを運営しているAnimotoのサービスがFacebookで利用可能になったことで、ユーザー数が3日間で2.5万人から25万人に増加したことがあった。それに対応して、サーバーの数を80台から3500台に一気に増強したが、これはアマゾンのクラウドコンピュータによって可能となった。これは極端な事例といえるが、ビジネス環境の不透明性が増している中で、フレキシブルにITシステムを増強したり、縮小できることのメリットは大きい。


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一方で、デメリットとしては、信頼性に関する懸念が最も大きいものといえよう。クラウドコンピュータを使うと顧客情報などの機密性の高い情報がインターネットの向こう側におかれることとなる。自社のコントロールが届かないところで管理されることに対して、躊躇する企業も多いだろう。たたし、ITに関する専門スタッフを置くことが困難な中小企業においては、そのような情報を自社で管理するよりも専門家に任せた方が安心であるという意見もある。また、クラウドサービスのベンダーサイドでシステムの障害が起きた場合のリスクについても認識することが必要である。どの程度のリスクがあるかについてはベンダーサイドで保証するサービスレベルを記述したSLA(Service Level Agreement)が参考になる。PAASに関する一般的なサービスレベルは99.9%であるが、このレベルでも1年間にするとその0.1%の約8時間はサービスが停止する可能性がある。航空会社の予約サービスや銀行の勘定系システムなどの数分程度のシステムの停止でも問題となる業務においては、このレベルでは使い物にならない。当然、クラウドコンピューティングに適した業務を選んで、サービスを活用していくということになろうが、サービスが停止した場合も一定割合の料金が差し引かれるだけで、障害に伴うビジネス上の損失に対する補償は行われないという問題がある。この点については、ベンダーサイドで大口の需要家に対しては、特別のサービスを提供するということがある。しかし、その一方でコストが増大するので、クラウドコンピュ� ��タの価格面での優位性と相反することとなる。

また、特に大企業においては、既存のITシステムとの接続の問題や業務を継続しながら新たなシステムにどのように置き換えていくかといった問題がある。また、SAASの導入を検討している企業においては、自社の業務に合わせたソフトウェアのカスタム化が困難であるという問題を指摘する声もある。この点については、特に日本企業において、必要以上にソフトウェアのカスタマイゼーションを求めることで、パッケージソフトの利用が進まず、ITシステムに対する費用対効果が低くなっていることに注意を要する。自社で独自のシステムを開発・発注する業務とパッケージで対応して効率化するものを切り分けることが重要である。その中で、クラウドサービスの活用分野は自ずと明らかになるものと思われる。


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このようにクラウドコンピュータの活用については、スピード、価格、フレキシビリティといったメリットがある一方で、特に大企業において信頼性に対する懸念などがあり、実際にサービスを導入している企業の割合は小さい。情報処理推進機構(IPA)は「クラウドコンピューティング社会の基盤に関する研究会」を開催し、2010年3月にその報告書をまとめた*1。その中のアンケート調査において、サービス導入企業の割合は大企業で8%、中小・中堅企業で10%に留まっている。また、サービスのタイプ別ではSAASの利用企業がほとんどとなっており、PAASやIAASの導入についてはほとんど進んでいない。しかし、クラウドコンピュータが今後進んでいくだろうと見ている企業は半数以上となっており、ユーザー企業において注目を集めて� �るサービスであることには間違いない。

筆者は、クラウドコンピューティングに関する動きは今後さらに進展し、ある時点を超えると急激に導入が進むのではないかと見ている。その理由としては、まずクラウドコンピュータに関する技術革新が今後も続くことが予想されるからである。クラウドコンピュータは比較的安価なサーバーのネットワークを活用した分散処理技術によって、大規模な情報処理システムを低コストで提供することを可能にしている。この分散処理技術は、情報技術に関するホットなテーマとなっており、多くの企業や大学において研究が進んでいる。また、サーバーやPCなどのハードウェア価格は、ムーアの法則*2に従って急激に下がっている。今後、この傾向が続くことによって、安価なサーバーを組み合わせた分散型システムの経済性がますま� ��高まる。


また、クラウドコンピューティングに関するエコシステムの形成によって、多様なサービスが提供されるようになり、ユーザー企業に対して魅力的なサービスが広がることも重要だ。現時点のクラウドサービスは、IAAS、PAAS、SAASがそれぞれ独立のサービスとして提供されている。しかし、情報インフラ、プラットフォーム、アプリケーションパッケージといったレイヤーをまたがって事業者が協業するケースが増えている。例えばIBMはアマゾンのプラットフォームを用いて自社のソフトウェアをSAASサービスとして提供している。アマゾンのAWS(アマゾンウェブサービス)は、Sugar CRMやJumboxなどのSAAS事業者のプラットフォームにもなっている。アマゾンやGoogleといったPAASサービス提供事業者は、クラウドコンピューティングのプラットフォームに関するデファクト標準を目指して競争している。PAAS事業者にとって、アプリケーションサービスやプラットフォームに関するツールを提供する他社を引きつけて、自社のプラットフォームに関するエコシステム(生態系)を確立することが重要となっている。このようなPAAS事業者の競争によって、ユーザー企業にとって魅力的なプラットフォームの形成が進むものと考えられる。

それではこのようなクラウドコンピューティング時代の到来に備えて、ユーザー企業としてはどのような対策をとればいいであろうか? 前述したように日本企業はソフトウェアのカスタマイズに重きを置きすぎて、パッケージソフトの活用には積極的でないという傾向がある。従って、業務ごとのITシステムがスパゲッティ状態で絡み合っている状態になっており、そのままではクラウドコンピューティング時代に対応できない可能性が大きい。

これは、ITシステムに関する提案が各事業部門のボトムアップ形式で行われ、システムが全社的に最適設計されていないこととも関連する。経済産業省の調査によるとITシステムの全社的最適化ができている日本企業の割合は、米国と比較して小さい。クラウドコンピュータのうねりが大きくなる前に、全社的なビジネスプロセスの解析や見直しを通して、ITシステムのあり方についての再検が必要である。


また、これと関連して、日本企業においてはITシステムが企業全体の戦略の中で明確に位置付けられておられず、既存システムの見直しや新規システムの構築についても場当たり的な対応になっていることが多い。「IT戦略に関する国際比較アンケート調査」(経済産業研究所)によると、米国企業においてIT戦略が経営戦略に明確に位置づけられているとする企業が多い一方で、日本企業は「IT戦略が経営戦略に明記されていない」とする企業の割合が高い(図2)。また同調査によると日本企業においては専任のCIOをおく企業の割合が米国企業より低く、やはり戦略的な投資としてのITの位置づけが低いと考えられる。

クラウドコンピューティングの本格的な導入に備えて、まず経営者レベルでITシステムが経営戦略を実現するための重要な資産であることを認識し、トップダウンで全社的な業務解析と最適なITシステムのあり方について検討することが必要である。その際にはシステム化する領域について、競争力の源泉となる戦略的に重要な分野とルーティン業務として効率化を図る分野に切り分けることが重要である。クラウドコンピュータを利用する分野は、当面は後者の業務が中心となるが、前者の競争力領域においてもIAASやPAASなどのハードウェアに近いレイヤーについてはクラウドサービスを活用できる可能性がある。グローバル競争が激化し、ITシステムに対する費用対効果が一層求められる中、日本企業も来るべき本格的なクラウドコ ンピュータ時代に対する備えに躊躇している時間はない。

「オムニ・マネジメント」5月号((社)日本経営協会)に掲載



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